• Naoko Mikami

Masato Shigemori


Shigemori Masato was born in 1979 in Hiroshima. Although he never experienced war, Shigemori has been deeply marked by the tragedy of the atomic bombing over his hometown. This is a recurring theme in his discussions and has largely influenced his artistic choices. Yet, where some artists would have developed a dark or negative style, Shigemori decided to turn is back from from the human kind and to focus on the magnificence of nature.

On the technical side, Shigemori has studied at length the Impressionists, Van Gogh in particular, but also Ingres and Modigliani. He admits, however, a penchant for manga and thus composes with radically different influences. Assuming that Shintoism remains one of the foundations of the Japanese identity, Shigemori draws inspiration at the source of this animism. The Invisible, the Spirits of Nature, the strength of the elements, the simple or complex beauty of fauna and flora, are all subjects that he sublimates in his paintings.




重森柾トは、世界で初めて原子爆弾が使われた日本の広島で、1979年に生まれる。

誰もが一度は目にしたことがある記録写真には、巨大なきのこ雲の下に広島の街が写っている。幼い頃の彼には、きのこ雲の下にいるはずの何万もの人々が、虫や植物のように思えた。

近所の美術教室に通い始めた彼は、6歳になる頃、油彩画を始める。

美術館で、西洋古典美術や印象派を注意深く観ることで、その技法を学んだ。アングルの写実技法や、ゴッホの色彩感覚、モディリアーニの造形美が、幼い彼の美的感覚を育んだ。その一方で、日本で生まれ育った彼にとって最も身近な娯楽は、漫画だった。80年代の日本の漫画には、神話のような仮想と現実社会を結ぶ不思議な表現を学んだ。当時のハリウッドSF映画も、洋楽ポップスやロックも、漫画と同じくらい彼を夢中にさせた。しかし、流行はいつも欧米からやってくることに疑問を抱き、彼は東西の違いを意識するようになる。彼は20代後半の頃、かつて印象派の画家達が、日本の浮世絵に影響を受けたことを振り返り、日本人のアイデンティティーを模索しはじめる。特に、喜多川歌麿や写楽らの「線による表現」は彼の絵画表現の根本を変える。線を強調した表現は、写実から離れ、簡素化される。それは、鑑賞者へ想像を委ねる点において大きな可能性を持っていた。幼い頃から漫画に親しんできた彼にとっては自然な表現方法であった。簡素化し、想像で補うやり方は、日本の祭や神道に共通して見られる行為であり、彼自身も幼い頃から、日本の祭が持つ目に見えないものへの信仰を味わってきた。彼は自身のルーツを探る中で、いわゆるアニミズム(虫や植物あらゆるものに魂が宿る)こそ、日本人の信仰心だと気づいたのである。


#Nature #Painting #Shinto

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